ヘイコウパラダイス

 平行世界、というヤツをご存知だろうか。エライ学者先生が唱える物理の学説でもいい、SFや子供向け小説の中に出てくる設定でもいい。ようするに、いくつもの類似世界が重なり合うようにして存在している、というふうに理解してもらえばいい。
 平行世界は一つの大原則にそって成立している。
「もしもあの時、違う選択肢をしていたら」
世界はこの大原則に基づいて、一つが二つに、二つが四つに増えていく。たった一つの「原初の世界」が、時間が進むにつれて無数のきっかけを得、無数に枝分かれしていくんだ。
 創造神が、時間に可逆性を与えなかった代わりに、世界に「すべての可能性」を試す会を与えたもうた故だ。
 けれど、どれだけ無限の可能性をそれぞれに追求する世界があったとして、その出来事を俯瞰できるのは神のみだった。世界に生まれた者にとって「世界」とは唯一つでしかなく、IFのきっかけを元に別の道を進み始めた別世界など、存在しないも同義だった。
 それに神がお気づきになられたとき、世界はすでに、ものすごい勢いで増殖を始めていた。
 もしも、という選択肢は、それこそ無数に、同時多発的に存在しうるものだったからだ。
 そしてそのときにはもう、神ご自身ですら、一つが十にも二十にも枝分かれしていく世界を止める術をもたなかったのだ。
 ここで疑問を感じているだろう諸君に、あらかじめ答えを示しておこう。
 わが創造神は、全能ではない。
 それどころか、造りたまいし創作物には多種多様の「バグ」が漏れなくついてくる。ありていに言えば優秀とは言いがたい職人だ。
 けれど職人である神は、失敗作であっても捨てるなんてことはなさらない。なにしろ、理想から外れた作品は存在すべからずという厳格な匠ではなく、せっかく造ったのにもったいない、と、おおらかな愛着を示す部類の職人なのだ。
 さらに言えば、オタクであり、マニアである。
 一旦お創りになられた世界を、壊すなんて考えるはずがない。
 けれど、そんな神がのんきに「もったいないよー」と仰せであられる間にも、世界は増えていった。さすがに造りっぱなしで放置するには危機を感じる程度には、増えていった。世界を収めておく部屋がいっぱいになるのも、目に見えていた。
 けれど、神には世界を捨てる、壊す、という選択肢が存在しなかった。ついでにいえば、バグを修正するか大前提を見直す、という選択肢もありえなかった。こちらについては、神がそういう技術をお持ちでないという理由に起因する。神は全能ではないのだ、まったくもって残念なことに。
 何とかしなければとお考えになられた神は、ほとんど差のない世界同士を融合させることを思いついた。どちらを選んでも結末は同じ、分離した基点以外に差異を見出せない世界を、強引に融合させるのだ。
 ありていにいえば制作コンセプトを頭から否定することになるが、そうしなければ数が減らないのだから仕方がなかった。
 けれど、戻した端から分裂していく世界を前に、神は早々に飽きた。
 言い忘れていたが、全能でない神に不足している要素に、根気というものがある。
 何しろ、二つの世界を右手と左手に持って勢いよくぶつければ、宙にとんだシャボン玉がくっつくようにあっさりと、苦労もなく一つに戻るのだ。そのうえ多少の力加減を多少間違えても、あっけなく自壊するケースはまれだ。
 細やかな神経を必要とする綿密な作業、というのも神はひどくお嫌いになるが、単調な繰り返ししかない作業も、神はお嫌いになる。
 神は思いつきのままに、勢いに任せていろいろなものを創造する能力には長けている。けれど、長くは続かない。飽きる。飽きたらその時点で放り出す。ついぞ完成を見なかった作品が倉庫に山と積まれているのが証だ。
 それでも、分裂する世界、という変化を含んだ欠陥品は、他のゴミとともに捨て置くことはできなかった。分裂する、ということはつまり、嵩が増えるということだ。世界の群れは今や与えられた部屋を埋め尽くし、廊下にあふれ出ている。行き着く先は神の坐。神がお気に入りの座椅子の上をも、我が物顔で占領するだろう。
 文字どおり神の坐を奪われたくなければ、増えるのと同じだけ減らすしかない。できれば減らすほうが多ければいい。単純な引き算だ。
 それを誰がやるかといえば――うってつけの存在がいる。
 神のお傍に従う、天使たちだ。
 たとえば、双子に成り立ての世界をぶつけながら、貴方に聞こえたらいいなと独り言を呟いているこの僕だ。
 自分の代わりに嫌いな仕事をする天使を、神は無数に持っている。能力こそ限定されるものの、必要なとき必要なだけ労働力を提供する雑用係。効率は悪いが、気まぐれな主と違い、一つの仕事のみにかかりきりになれる。
 神が創った作品の中で最優秀作品賞をを与える機会があるとするなら、受賞するのは天使以外にないと僕は思っている。
 貴方に自己紹介をしたいのだけれど、天使という総称以外に僕をあらわす言葉はない。なにしろ、神は僕に名前をつけて下さらなかったのだから。
 まあ、あまりに天使を作りすぎたために、ありとあらゆる名前は使いきってしまったんだという話だから、多くは望むまい。
 さしずめ、世界統合係、とでも呼んでもらえれば、僕のことだと皆がわかるだろう。
 僕が造られてからこちら、世界は相変わらず分裂と融合を繰り返している。けれど僕は、廊下に溢れていた分を全部処理して、今は最初の部屋に何とか収まるくらいにまで数を減らすことが出来た。
 ただ、少し謝らなければならないことがある。
 できるだけ多くを融合させる都合上、結構強引な融合もいろいろやってきた。明らかに差異のあるものも、誤差の範囲と偽った。
 もしかしたら、君の世界にいろいろな弊害が出ているかもしれない。
 もし君が、初めて出会うはずの何かに既視感を覚えたり、知らないはずのことに勘が働いたり、そんなちょっと不思議なことを体験したことがあったら、それは僕がちょっと乱暴に世界を結びつけた結果なんだ。
 今度そんな感覚に陥ったら、僕のことをちょっとだけ思い出して、ついでに、僕の変わりに神様のバカヤローとかなんとか、呟いてくれたらうれしいな。



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