からくり猫、かく語りき

 おや、いらっしゃいませ。どうぞごゆっくりご覧になって下さい。
 え、どこだって? イヤですね。ホラ、お客さんの目の前におりますよ。
 ああ、そちらではなく、そうそう、そのまままっすぐ。
 違います、柱時計の横に棚がございますでしょう? はい。その上。そう、私ですよ。
 え。猫の置物? はい、私めは猫の置物でございます。
 けれど、わが主、賢者とまで称えられた細工師の手による最高級のからくり人形です。
 だからこうして、主の留守の間の店番をさせていただいております。お客様、あなたとこうしてお話ができるという一点だけでも、主の腕のよさはご理解いただけるでしょう?
 ええ、そうでございます。ここは細工師イザークの店でございます。その指から生まれる物すべてに生命が宿るという、神の手を持つ職人でございます。
 私めは、主の作の中でも最古参でございまして。こうして会話できるまでになりました。お客様がお求めにまられます物も、年月を経てすばらしい逸品となることでしょう。
 おや、私としたことが、順序を間違えました。
まずはお客様、どういったお品をお探しでしょうか? もしこちらにない場合には、少しお時間を頂けますならば、改めてお作りさせていただくことも、もちろん可能でございます。
 お値段? はいはい、そちらにつきましてはですね、お客さまがお買い求めになられ、お使いになられてから、満足していただけた折に価値を決めていただくこととなっております。
 え? ええ、確かに。確かに、お支払いになられずにそのまま、ということも可能でございましょう。ただ、私の存じ上げております限りお支払いいただけなかったお客様はいらっしゃいませんでした。
 それだけ、主の作は自信をもってお勧めできるものばかりでございます。
 は、主。
 申し訳ございません。主は先日より他出しておりまして……。連絡をとることは可能でございますから、お客様のご注文を承る場合には必ず戻らせます。ご心配なく。
 どこへ、でございますか。おやおや、お話好きのお客様だ。いえね、魔術師とまで言われた主、恥ずかしながら年甲斐もなく恋の病なぞにかかりまして。
 おや。ご興味をお持ちでいらっしゃる?
 お時間よろしければ、お話させていただきましょうか。お茶もお出しできませんが、そちらの椅子なぞにかけていただければよろしいかと。

 さて、先日、そう十日ばかり前になりますか。材料の仕入れに出向いた先で。
 そのう、主の言葉を借りるならば“運命の相手”とであったのだとか。
 私はこれこの通り、店の留守を預かる身でございますから、そちらには出向くこともございません。主の申しますにはどうやら、その市場で偶然に見かけた相手なのだそうです。
 市場と申しましても、命を宿す器になるものですから、そのあたりの青市場ではございません。それ相応の場所でございます。闇市とでも申しましょうが、声を大にはできませんが、非合法なものも集まってくるのですよ。
 おそらくはそこで、人買い市の奴隷か何かをみたのでしょう。その中に、相手が居たということで。
 主が申しますには、年のころは15、ただしどう贔屓目にみても外見は10かそこらの子供であるとか。
 私としましては、そこで相手が少年だと言われなかっただけ良かったと喜ぶべきなのでしょうか。ですが、長寿を誇る主が、見た目だけは若作りをしておりますけれど、歳の数だけは誰にも引けをとらない魔術師が、10や15の子供に、魅入られたなどとは。ええ、本当に……。まさか色香に迷ったというわけでもないはずですが……。
 なにを申してよいやら決めかねる状況なのでございます。
 けれど私、悲しいかな、主に意見を述べる立場にはございません。そもそもこちらに戻るまでは苦言を呈すにもいろいろ不便でございまして。
 どうやらその子供、歳の割には分別はあるようで、主の申し出を辞退しているとか。ところが主のほうは、その相手を連れて帰ることを諦める様子もなく。
 三日あれば終わるはずの買出しが長引いているのは、このような訳なのですよ。

 ご興味は満足していただけましたでしょうか? 
 他言無用、お願いできればありがたいですのですがね。

 さて、あらためましてご用件をお伺いいたしましょう。どのような品をお探しでございましょうか?
 お若い女性の方々には、そのテーブルに並べております飾り細工を施しました指輪など、大変に好まれておりますよ。
 え。そういうものではない? これは失礼いたしました。愛しい女性に贈り物を、といらっしゃるお客様が大変に多いものですから。
 はい。オルゴール。ございます。もちろんございます。
 お客様の向かって右手、壁際に棚がございますでしょう? あの中の物がすべてオルゴールとなります。鍵などかかっておりません。ご自由にご覧下さい。
 そう、その右。どうです、立派な細工物でしょう? 
 葡萄の葉一つ一つまで、当然ながら手彫りでございます。
 「恋のオルゴール」と題しまして、恋人同士にぴったりの曲を奏でるようになっております。中は宝石箱としてもご利用いただけますので、指輪など女性の好まれる装飾品を入れて贈られましたら、お相手の心を掴むことも簡単でございましょう。
 え、はい、そういう相手ではない。失礼いたしました。
 子供? 生まれたばかりの赤子!
 子守唄でございますか。それはそれは、見当違いのものばかりをお勧めいたしまして、失礼いたしました。なにしろお客様はお若くていらっしゃる。
 言い訳のようですが、私、お客様のご希望を見抜く目にはいささか自信をもっておりましたが、ただのうぬぼれでございましたようで……。
 改めまして、お子様の子守唄にということでございましたら、右の、そう、その丸いものが一番かと存じます。そう卵形の。
 上に小さな蓋がございますでしょう。どうぞ開けてください。
 ええ、イザークの作、オルゴールにねじまきは必要ないのですよ。
 母親の声以上に子供が安心できる音はないかと存じますが、どうです? これならば大人でさえうっとりと聞き惚れる音色でございますでしょう?
 きっとお子様のお気に入りになられるのでは?
 はい。はい! ありがとうございます!
 お代? 
 先程も申しました通り、お求めになられたお客様ご自身に価値をお決めいただくものでございますから、今いくらいくらとは申し上げられません。
 お子様への贈り物ということですので、お子様のご様子を確認されてからで結構でございます。
 はい、本日はまことに、ありがとうございました。 
 


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